極楽スキー研究会 スガモスキークラブの部屋へようこそ!

基礎もいい、競技もいい、でもそれだけじゃありませんね? スキーは雪山を、ただひたすらダウンヒルするスポーツです! 大自然に抱かれて、鳥になり風になり、自然人に還って無心に遊びます。 歳を忘れ日常を忘れて、日本の冬を愉しむ「極楽な仲間たち」のブログです。

2014年11月

*今年の極楽スキーは、ニセコへ3DAYから始めますよ!
現在紳士3名、淑女4名がエントリー…ニセコノーザンリゾート・アンヌプリの豪華ステイもあって、期待に胸を膨らませています!  たった3万円で行けるんですよ!? リーズナブルですね!
 
1月はルスツ、2月は富良野…どちらももう10名以上のエントリー…やぁ賑やかになってますよ。お申し込みはお早めにね!
 
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              ※ソチ冬季五輪の開会式場
 
 

13日夜、今シーズン最初のイベント「区民スキーヤーの集い」を開きました。
今回は、わがスガモSCが当番とあって、早くからスガものスタッフが大勢集まり、頼もしい限りでしたよ。
司会の和さん、映像の潔さんら、みなさんご苦労さまでした。
○日本のスキー発達史を映像で見る企画はいかがでした? いろいろ珍しいシーンが沢山出てきましたね!
 
◆明治晩年に渡来したスキーは、大正~昭和初期までは主に「雪上移動具」として普及していましたが、◆昭和5年以降シュナイダー来日などの影響で「スポーツスキー」として愛好されはじめました。◆その後終戦までの15年間は、時節柄「戦技スキー」に利用されましたが、民間のスキーマニアも熱心に技術を磨いていて、とくに猪谷六合雄(千春氏の父)は吾が子を英才教育して日本一のスキーレーサーにしようとしていました。
◆終戦後4~5年は食料難でスキーどころでありませんでしたが、25~6年頃からはまず上越・石打などを中心にゲレンデが開発され、リフトも登場、民宿ブームが起きるほどスキーが流行り始めました。フランス流とオーストリー流の争いもあり、冬のスポーツの主役となりました。◆30年頃からの猪谷千春、杉山進氏らの活躍で、日本は一気に国際的にも認められるようになり、(豊島区スキー協会やスガモSCもこの頃設立)スキーブーム起きたのです。◆その後は札幌72年・長野98年と2度の冬期五輪もあり、またノーマルからカービング、さらにロッカーと用具の変遷もあって現在に至っています。
■新スキー教程の映像も、じっくり学習できて良かったですね!
 

会誌「極楽スキー研究127号」発行しましたが、いかがですか?
◎初滑りからニセコアンヌプリですよ! そして1月はルスツ!
2月は富良野です! いいでしょう?
 杉さん的には「今年は北海道が狙い目」なんです。消費税の値上がりで特にJRが高くなり、限定列車割引もなくなったのに比べて、
北海道は空路のため、相変わらず「空席埋め競争」で特割があるんですね! でもこれも来年に消費税が10パーになればどうなりますか? ・・・そこで今季はどんどん北海道へお誘いする訳です。
★発表以来、早くも申し込みが毎日届いています!
  さぁ今シーズンも極楽スキーを愉しみましょう!!!
 
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★写真は、朝のルスツタワーと、イゾラのスキーコース

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